2012年4月4日水曜日

【ご報告】多摩美を卒業しました



そんなわけで2012年3月23日をもって多摩美術大学大学院を無事修了しました〜〜(2秒で終わった、、っていうくらい短い院生時代でした)学部時代から多摩美の情報デザイン学科情報芸術コース(以下情芸)にいたので、6年間にわたる多摩美生活が終わって晴れて社会人(フリーランス)として今年からがんばっていこうと思います。

思えば7年くらい前はミュージシャンのアルバムジャケットのデザインに憧れてグラフィックデザインを学べる大学を片っ端に受けて見事に全部落ちたなか、唯一自分を拾い上げてくれたのが多摩美の情報デザイン学科情報芸術コースでした(2012年からはメディア芸術コースという名前に変更するらしい)確かその年の武蔵野美術大学の基礎デザイン学科のお題がドラえもんの平面構成だったのを今でも覚えている。。。

入学当初は自分の置かれた環境を不本意に思っていましたが、学部一年のころに授業内で紹介してもらったRosasやMichel Gondry、Alva NotoやSemiconductorに出会わなければ映像を志そうと思わなかったし、アニメーションや映像専門の学科ではなくて隣でツナギ着てキネティックのオブジェ作ってるガッツのある女の子が居れば、またその隣でプログラミングを駆使して大規模なインタラクティブアートをやる人も居て今思えばよく分からない学科だったな、と。


でもそんなよく分からない学科で一番影響を受けたのが「共に学ぶ人」との出会いであり、彼らから受けた刺激やライバル意識が今の自分を形成してるような気がします。


そんな事を思いながら最近いろんな場で「情デでアニメーションやる人が面白い作品が多い」って言ってくれる方が多い。アニメーション専門の学科じゃないのである種教科書的な作り方を叩き込まれないので、先入観なしに色んなアプローチに手を出す学生が生まれ易い環境だと思うんだけど、個人的には先にも言ったように「共に学ぶ人」の存在が本当に大きいと思ってる。(大学と関係ないところだと新宿タワーレコード9階のNEW AGEコーナーの存在は大きい。あそこで出会った音楽が自分のセンスの大きく形成してると思います。)


ある人が


"どこで学ぶ"か"よりも"誰に学ぶか"、"誰に学ぶか"よりも"誰と学ぶか"


って言ってたけど、まさにその通りでモーショングラフィックスを作ってる際に横からプログラミングやってる人から「何故手付けでアニメーションをする必要があるの?」って突っ込まれることで、モーションでしか出来ない動きや音と映像の関係について考える必要性が生まれたり、一方でコマ撮りのアニメーションや手書きのアニメーションで一コマずつ丹念に映像を作る人と一緒に映像を学んでると、モーション系の手法で彼らと互角に渡り合えるにはどうすれば良いのか?って考えなければ行けない環境に自然と追い込まれる。自分がAfterEffectsだけでコンポジットする拘りや、言葉をモチーフにしたビジュアル・ミュージックをやろうと考えたのも、そういう「メディアと深く付き合う」環境が生んだ発想だと考えてます。


あとは、そういう偏屈な同期や教授との出会いで「否定されても負けない」って考えられるようになったのも大きいかも、、、




ちょっと話が脱却するんですが、いまblogを書いてるのが4月頭で、この時期になるとpixivの某マンガ学科の批判作品を思い出す。その作中で「大学は技術と知識しか教えられない。成功するための知恵や作りたいテーマは自分で得るもの」って台詞があるんだけど、実際に大学じゃ技術は対して教わんないし、知識も本を読めば8割ぐらいは得られます(残りの2割はニッチな作品を教員から教えてもらうこと)。結局、美術大学の存在する意味って何だろうかって思うんだけど、それも上に書いたような共に学ぶ人が大きいなぁ〜とふと思った。あとは素材に対する考え方は美大でしか生まれない発想はありえる。




ちょうど一番上のリンクは、多摩美在学中に作った抽象表現をやり始めた学部三年(2008年の秋ぐらい)から修了制作+クライアントワークを織り交ぜたSHOWREELです。学生生活を一分足らずの映像に編集するのは不思議な感覚でしたが、自分の成長とか歴史が垣間みれて作っていて楽しかったです。




久々に長々と書いてしまいましたが、今年も皆様よろしくお願い致します。



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